妖怪について

今回のこのページ、
授業参観とかで読まされる「私の作文」みたくなっちゃった。



右クリックでダウンロードしてちょ♪
みんなが見える訳じゃないものについて話すのって、難しいかも。
想像の世界のものって思うか、見えないけど確かにいるって思うか、
それぞれに自由に受け取ってもいいと思うけど、
完全否定してしまうのは、ちょっと貧しいんじゃないかなぁ…って気がする。

昔から、理解出来ない不思議現象は、「何かあるから」起こったって考えられてきた。
科学の発達した現代では、
その「何か」を科学的根拠の中に見つけよぉとする人、
摩訶不思議な存在がいるからだと思う人、
どっちなのか、誰かがハッキリさせてくれるのを期待する人…
とかって、いろんな視点から考える人がいる。

私は、そぉゆう時、どっちもあるんだって思う。
どっちかってゆうと、「いまの科学では解明出来ないけど、いずれ出来る」って考え。
いまの科学は、生物、物理、科学、地学…えとせとら って分かれて発達してってるけど、
医学とかもそぉだけど、
実際に起こる物事ってのは、いろいろに分かれちゃってる分野それぞれを絡めないと判らない事の方が多いよぉに思う。
だから、複数に分かれた分野をくっつけた新しい研究の仕方が生まれたら、
もっともっと、いろんな不思議が解明されるんじゃないかって思う。
もしかしたら、私が体験しているよぉな、未来のビジョンが見えるとか、前世が見えるとかも、
いつか、自然科学的で医学的な新しい分野で解明されて、
いま、私が、雷や山火事、虹を神様の仕業って考えてた昔の人達に興味持ってるみたく、
「その頃の人は、こんな事も心霊現象だって思ってたんだぁ〜! ≧▽≦」
なんて思われる日がくるかもしんない。。
…ってゆうか、そんな日が来て欲しい。

けど、やっぱ、虹を見たら、幸運の予兆のよぉに思えるし、
自然災害が起これば、環境破壊より便利に気を取られてる毎日を振り返って、
「地球さん、ごめんなさい! 自然の神様、ごめんなさい!」って思う。
いくら科学で解明されたからって、心の持ち様までは片付かないもん。
心理学とかでメカニズムが解明されたって、
大切な人を悲しませたり、怒らせてしまったら、凹んじゃうもんね。
心だって、目には見えないけど、確かにあって、感じる事が出来るもの。

神様も仏様も精霊も妖怪も、もっと注意深くなれば、誰だって、
一生に一度くらいは、「そういう存在がいたお陰って思えてくる出来事」があったって気付くと思う。

悪魔の誘惑のよぉだとか、好運不運の波があるよぉだとか、感覚的に「ある」って思うもの、
それは、本能的な所に根付く因果があるのかもしんないけど、
全てを自身のせいにして背負い込んで潰れてしまわない為の逃げの感覚だとしても、
そぉする事で生き易くなるってゆう「知恵」のうちのよぉに思うから、
「理解出来ない未知の何かによって起こってしまった」って考えるの、
そんな悪い事じゃないって思う。
その「未知の何か」が、悪霊だったり、悪い妖怪って言われてるものでもあるんだから、
物事の全てをサバサバと解明してって、
「いま、こういう事が原因で、こうなったんだよ」なんて説明されんの、
かなりウザイかもしんない。。

「本当にいるか、あるか」より、
「いたらいいなぁ、あったらいいなぁ」って思える気持ちがある方が楽しいって思う。

右クリックでダウンロードしてちょ♪