日本史しりぃず・戦国時代編 〜織田信長 2〜

今回は、画像ないから、ちょっち退屈かも。。

毎回、歴史好きさんとか、歴史研究家さんとか、
もし聞いてくれてたらツッコミくるかも?とか、
実際にどぉか調べて欲しいとかって、
結構期待してるんだぁ♪

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編集したてほやほや〜の聴いてたら、
途中で、んんっ?? って思ったとこあったから、書いとく事にした。

いつもは、編集したの全部聴いてから、このページ作ってんだけど、
今回は、途中で止めて、メモりながら聴き進めてった。
確か、三国志ん時もそぉだったっけ。。

収録中は、イマイチもやもやしてたとこが、少ぉ〜〜〜〜〜しだけ見えてきたとこもあるし、
話した事以外んとこが判ったとこもあった。

本当はどぉなんだか、ぜひ知りたいです!
私は嘘言ってるつもりはないけど、実際と照らし合わせてみたい。
そんで、誤解や思い込みがあるなら、そこんとこの正しい事実を知って、訂正しときたい。
どなたか、ご意見下さい!!


あっ☆

皆様、こっから先は、番組聴いてから読んで下さい。


  〜 メモより 〜


・助けに行ったって言われてる信忠(信長の息子さんだっけ??)って人んとこ聞いてた時、
 信長を襲った側と連絡取ってたのは、信長を裏切るつもりではなく、 
 そぉ見せかけて内部の動きを探るつもりだったと思った。
 お父さんの事嫌ってはいたけど、
 自分の置かれた立場ってゆうか、役割ってゆうか・・には大きな責任と重要さを感じてて、
 いざって時は父を裏切ってでも果たさなければならないかもしれないって心構えはしていたけど、
 一族の為に家を守るってのを最優先してた。
 本能寺ん時は、「誰か裏切り者がいる」ってのが判ってたから、
 この機会で明らかになるって考えてたんだと思う。
 そんで、お父さんがどぉすんのかを見たかったんだけど、
 もし死んでしまったら、それはそれで一種のチャンスってゆう思いも少しはあったよぉに思う。
 この収録ん時は、その裏側ってゆうか、潜んでた方の気持ちを感じ取ったのかもしんない。


・信長がお父さんのお葬式に来なかった話。
 お父さんが生きてた頃、信長に
 「父の葬式は重要かもしれないが、のこのこ出席しに来れるような暇があってはならない」
 みたいな事を言ってたよぉな気がする。
 お父さんのお葬式の日は、信長は、公の為の用事をしてた。
 「死んだら終わり。生きてるうちに、生きる者の為の事を精一杯やる。」ってゆうよぉな概念があって、
 故人の事は、落ち着いてられる時間が出来た時に追悼の気持ちを持てばいいって感じ。
 戦乱の世の中で、犬死同然の最期を迎える者も少なくないってゆうのに、
 自分の親ばかりが特別な弔い方をされ、腹に一物も二物も潜ませたよぉな人達が集まって、
 悲しくもないのに残念そうなふりをしているのも気に入らなかったし、
 本心から残念がりそうな人達は、お父さんが亡くなった後を考えて悲しむどころではなかった
 ってゆうのとかあって、「形式でしかないよぉなお葬式なんて、意味がない」って思ってたんだと思う。
 本当に追悼したい人達が、故人が死出の旅路に出発するのを見送って別れの式をするのがお葬式。
 信長はお父さん苦手意識持ってたけど、一番親の真意を汲めてて、親思いだったかもしんない。


・家康が信康を切腹させた話。
 家康が自主的に切腹させよぉと考えた気がする。
 外部には漏らしたくない内情があった気がするし、
 信康は、家康's基準では「武士の恥さらし」みたいな事をしちゃった事があったり、
 部下(?)を巻き込んで、今後は誰の味方について行くのがいいって言い出したり、
 家康にしてみたら、「大事な愛息子」とは言い難い存在だった。
 とく姫に帰ってもらおーって話は、とく姫の身の安全や立場を考えたからだと思う。
 もしかしたら、信長と戦う可能性もあったのかもしんない。
 つきやまさんは、秘密を探ってるっぽい事してて、疑いの余地バリバリだったのと、
 何か問題起こしてたってのがあったよぉに思う。
 その疑いの真偽までは判んないけど。

何度も書いちゃうけど、ツッコミ、ご意見、ご感想、詳しい話、待ってまぁ〜すっ!!


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